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Sweden Now

北欧の国、スウェーデンの情報を流していきます。北欧ブームで注目されているスウェーデンですが、イギリスやフランスなどと比べるとマイナーで、かつ日本からの直行便もないためスウェーデンの本当の姿はあまり知ることができません。「世界一美しい首都」であるストックホルム、豊かな自然、高福祉高負担な政策など、日本とは異なった性格を持つスウェーデンを現地からお伝えいたします。

僕の仕事の価値観は「僕がいないと世界が変わっていた」

僕は2016年の三月に、大学院の博士課程を卒業し、株式会社ブラックという、社員4人のベンチャー企業に就職した。アカデミアから一般企業への就職だが、どうしても肌に合わず、7月末で辞めてしまった。

実は僕は大学院修士を卒業したあとも、一度一般企業に就職したのである。その時も、やっぱり肌に合わず博士課程に入り直したのだ。同じ過ちを繰り返すバカと思われるのならそれでもいいが、成長して自分の気持ちが変化し、一般企業でもやっていけるのではないかと思ったのである。だが、やはりダメだった。

それはなぜだろうと、ずっと考えていた。なぜ僕はアカデミアの世界がいいのか。最近、いろいろな人と話をする中で、自分の中で答えが出てきた気がする。

まず、「アカデミアはやりたいことがやれる。一般企業はそれができない。」というのは、間違っていることがわかった。一般企業で働いている人でも、その仕事をやりたいから就職した人は多くいるのだということがわかった。例えば、環境を保全したいから、環境に優しい農薬を作っている会社に入るとか。もちろん仕事の100%がやりたい仕事な訳はないが、大枠は合っていれば、十分にやりたいことをやっていると言える。

「アカデミアは人の役に立つ。一般企業は人の役に立たない」というのも、完全に間違っている。そもそも、お金をもらえる行動=仕事のすべては、誰かの役に立っているのである。むしろ研究の方が役に立たないことが多い。

そう考えるうちに、自分の仕事に対する価値観がわかってきた。僕は、「僕がいないと世界が変わっていた」と言える仕事がしたいのだなと思えるようになってきた。

研究者が行う研究は、その研究者がいなければ存在していなかった可能性が高い。アインシュタインがいなければ相対性理論は生まれなかっただろうし、ダーウィンがいなければ『種の起源』は世にない。ただ、一般企業の場合、社長でもならない限り社員一人がいなくなったところで困ることはない。その証拠に、社員が一人辞めたことで倒産する会社などほとんどない。大体は新しい社員がそのかわりをするのである。

「その人がいないと世界が変わっていた」というのは、別に大きなことでなくてもいい。どんなに売れない本を出版したとしても、その人がいなければその本が存在していなかったのだから「その人がいないと世界が変わっていた」と言える。

その点で、僕が思う、この世の中で一番高貴な職業は芸術家である。ベートーヴェンがいなければ第九は生まれなかったし、宮崎駿がいなければ風の谷のナウシカは存在しなかった。その次は研究者だと思っているが、研究は過去の蓄積やその時のトレンドに左右される場合がある。さきほどアインシュタインがいなければ、相対性理論が生まれなかったと言ったが、アインシュタインがいなくても、その時の知識が蓄積されれば、相対性理論ができるのは必然かもしれない。実際に、ダーウィンが進化論を提唱した時、ウォレスも進化論を独立に提唱しているのである。だから、研究者よりも芸術家の方が上。

研究者の次は政治家。政治家一人によって、世界史の流れを変えることもできる。ただ、それはそれまでずっと緊張状態が続き、それがただ解消されただけと考えることもでき、その政治家でなくても誰かがやった可能性が高い。ゴルバチョフがいなくても、おそらくソ連は崩壊しただろうし。

ということで、僕の仕事の価値観は「その人がいないと世界が変わっていた」と思えること。そして、職業の順位は、芸術家>研究者>政治家であること。これが現時点での僕の価値観である